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はじめに 
1. 別府は偉い 
2. 別府の歴史 
3. 別府の温泉 
4. 別府のアヒル

5. 別府の謎  
秘蔵VTR 

4.別府のアヒル


ラクテンチ

 
実はおいらは13歳の時にも別府に来たことがある。スギノイパレス大浴場の薬師如来像にも度肝を抜かれたが、もっとも印象深かったのはラクテンチのアヒルのレースだ。
 もう大昔のことだし、だいたいアヒルがレースをやること自体が非現実的なので、もしかしたらあれは夢だったのかもしれないとさえ思うようになっていた。したがって、今回の旅行で再びラクテンチのアヒルのレースを見られるかどうかはおいらにとって大きなポイントだった。正直に言えば、あんなことがまだ続いているはずはないという気持ちの方が優勢だったのである。
 しかし、ラクテンチのバス停に到着すると、いきなりアヒル競走の看板が目に飛び込んできた。
 ラクテンチは別府の高台にあるレトロな遊園地で、入口まではパンダちゃんの顔のケーブルカーで上らなければならない。たまたま日曜日だったので、乗り場は地元の親子連れで賑わっていた。ちなみにラクテンチのキャッチコピーは「お父さんも おとうさんと来た ラクテンチ」
 異常なまでに傾斜のきついケーブルカーに乗り込むと、13歳のときもたしかにこれに乗ったなあという記憶がよみがえった。そう言えば別府について覚えている数少ない記憶のひとつが、運転中のケーブルカー後方の窓越しに見える下界の眺めだった。それが今、再び目の前に展開されている。不思議な感覚だ。まさにタイムスリップである。


るみちんが、園内にある謎の像と記念撮影。(ふたご?)

 アヒルのレースが行われていたシチュエーションはよく覚えていない。また、13歳のときのおいらは今より20 cmぐらい背が低かったはずで、それだけ目線の高さが違うと世界は全く別のものに見える。したがって会場に着いたとき、それが当時と同じ場所だったかどうかは判断できなかった。
 しかし、行われている内容が全く変わっていないことは明らかだった。馬券ならぬ「アヒル券」が1枚百円になっていたことだけを除いて。(おいらの記憶が確かなら、当時は20円だったと思う。)
 レースは9羽のアヒル達によって、直線、障害、大障害、パン食い競走の4種目が競われる。レース前はコースがそのままパドックとなって、おじさんといっしょに、出走アヒルたちが一団となってヨチヨチと歩く。このおじさんは、調教師とスターターと審判とアナウンサーを兼ねている。客はその中から走りそうなアヒルを選び、首輪の色のアヒル券を購入する。


パドック

 アヒル券は単勝のみ。つまり1着のアヒルを当てるだけのシンプルなレースだ。ただしこの百円は賭金ではなく、アヒルのエサ代であるということがおじさんによって繰り返し強調される。的中した人には、お菓子かハンカチがもらえる。
 おじさんが「選手、前に進め」と言えばアヒル達は前に進み、おじさんが「お客さんにお尻の具合を見てもらえー」と言えば、9羽がそろって客席にお尻を向ける。いま見てもこれには驚かされる。
 レースもさることながら、レース前のこのおじさんの解説とか、トークがおもしろいのである。その名調子は昔と全くかわらない。まさかあのときと同じおじさんというわけではあるまい。おいらがもうおじさんなんだから、あのときのおじさんだったら今は「おじいさん」になっているはずだ。きっとこのおじさんは先代の息子さんなのだろう。
 ところが、そうではなかった。実はこの人、先代の娘さんのダンナなのだそうだ。つまり義父の跡を継いでいるというわけである。しかし声も似てるし、芸風をここまで完璧に継承するとはたいした婿殿ではないか。まさか先代はそこまで計算して娘を嫁にやったわけではないとは思うが・・・。


長年アヒルと過ごしていると、アヒルに似てくるのだろうか。

 当たる確率は9分の1だから、けっこう難しい。おいらは最初のレースははずしたが、次のレースは、前のレースでピンクがとても強い勝ち方をしたので、連勝するとにらんでピンクを購入、見事に的中させた。るみちんは黙々と5レースぐらいはずし続けていた(笑)。
 レース場の脇には「あひるの学校」と書かれた小屋があり、そこには数十羽のアヒルが待機している。9羽ずつのチームでローテーションを組んでいるのだ。しかし首輪をはずして小屋の中にいるアヒルは、どこをどう見てもただのアヒルにすぎないのだが・・・。 (「秘蔵VTR」のページに、アヒルのレースのムービーがあります。)