1999/11/26 早川光・新著出版で笑う会


鴎外荘「舞姫の間」

 11月26日(金)、上野池之端の水月ホテル鴎外荘にて、「早川光・新著出版で笑う会」が開催された。晶文社出版から出た「江戸前ずしの悦楽」の著者である早川が、その出版記念パーティーと、自ら主催する「扇辰落語会」をドッキングさせたもので、2回の「怪談噺の会」も含めると、入船亭扇辰がトリをつとめる落語会としては9回目を数えることになる。
 早川席亭の『扇辰落語会』とは何かにもくわしく書かれているように、そもそも扇辰を最初に起用したのも96年の出版パーティーだった。それをきっかけに扇辰を応援したりイジメたり、さんざん鍛えた3年間の総決算が、再び出版パーティーという舞台で試されることになる。

 今回は文藝春秋社の星さんによるプロ級の笛と、国立音大在学中で、すでに師範の免状を持つ内田さんの三味線、そして太鼓も扇辰と前座の金原亭小駒が交互に叩くという、寄席そのままの生の出囃子が実現したことで、会のグレードが飛躍的に高まった。舞姫の間というロケーションも最高。ただ、廊下での演奏は寒そうで少々気の毒だった。


落語の前に、その腕前を披露する内田さん(左)、星さん

 最初に登場したのが素人代表、人前で落語を演じるのは6年ぶり2度目というフリーライターの水谷選手。
 数日前に新宿のカラオケボックスでの音合わせにも参加し、そのとき扇辰と早川に芸をチェックしてもらったという、おいらとは正反対のマジメ人間で、演目は「山号寺号」。
 素人落語は扇辰落語会の名物だが、1回目の小川選手を除き、2回目以降はおいらと早川の2人が交互に(あるいは同時に)出演していた。この2人は素人といっても日本にはそう何人もいない種類の素人で参考外だから、いわば扇辰落語会史上初めて「普通の素人」が高座に上がったことになる。当人もさることながら、見ているこっちまでかなり緊張させられた。
 でも、水谷選手はさすがに京大の落研らしく、偏差値の高い芸だった。まじめな人がまじめに練習すればこういう芸になるという見本のようなもの。初出場にしては立派なものだ。
 しかし、当たり前といえば当たり前だが、本当に落語というのは見るのと自分でやるのとでは大違いなのだ。せっかく扇辰落語会では素人にもチャンスを与えているのだから、「やってみたい」という人はぜひ参加してほしい。


水谷選手の高座。やや緊張気味

 次に登場したのが、これも初登場の金原亭小駒。演目は「近日息子」。
 千葉県出身で、中学の頃から落語好きだったという、落語家になるために生まれてきたような男で、与太郎のキャラクターにも独特の味がある。楽しい芸風だし、むしろ、水谷さんより素人っぽいおかしさがあった。
 しかし、前回出演した柳家小ざる(11月1日に二つ目に昇進、柳家三之助を襲名)があまりにも達者だったので、小駒の方はちょっと芸をなめてるように見えてしまう。前座といってももう27歳、こういうシビアな会に参加したことが、古典に取り組む姿勢(たとえば正しい江戸弁文法のマスターなど)を見直す機会になってくれればいいのだが。


前座の金原亭小駒

 出番を終えた水谷選手と小駒が廊下で妙に親しげに会話をしていたので、知り合いだったのかと思ったら、実は水谷さんは寄席の常連客で、芸人の間でも有名なのだそうだ。水谷さんは「売れてる客」だったのか!(笑)

 さて、トリは入船亭扇辰の「たちきり」。関西では「たちぎれ」という、難易度の高い大ネタで、今回は三味線のお姉さんがいるということで早川がリクエストしたものだが、実は扇辰も秘密兵器として温存してあったネタであるらしい。なかなか寄席で聴くことも難しい、演者の少ない噺である。
 おいらも、なんだかんだで扇辰の高座を12回ぐらい見ているが、この日の「たちきり」はベスト。こういう、うまさが要求される噺は扇辰の独壇場。弱点というものが見当たらない。もちろん、この3年間での成長もあるのだろうが、こんな芸をされたら「扇辰に挑戦!」をやっても誰も勝てない(笑)。ハンカチで目をおさえる女性客もいたほどで、まさに名人芸を堪能させてもらった。
 三味線の内田さんによれば、クライマックスで、扇辰の感極まった台詞に三味線の弦が自然に共鳴し、それが内田さんの指に伝わってきて、「こんなことは初めて」だったとのこと(早川談)。


入船亭扇辰

 2次会では、星さんも内田さんも、次回もぜひ出囃子をやらせてほしいと口を揃えた。ハマったね、君たち。
 早川もおいらに、音曲入りの上方落語をやってみないかと誘う。たしかに最近の会の傾向から、おいらのような芸を懐かしがる常連客の声もいくつか耳に届いている(笑)。でも、第6回のときの枝雀師匠追悼落語で燃え尽きてしまったからな〜。
 特に、あの日は扇辰の兄弟子が亡くなったりして、会のあとも早川が異常な状態だったし、そういう思い出と結びついていて、どうも再び高座に上がろうという意欲を減退させているのである。
 それに、この日の扇辰みたいに完成されたプロの芸を見せつけられると、桜庭の試合を見たあとのヒクソンみたいな心境になってしまう。少なくとも出るからには、扇辰よりウケたいからな。もう少し考えさせてもらうことにしよう。