2000/6/2 第8回扇辰落語会


「ちりとてちん」を演じる入船亭扇辰

 6月2日(金)、上野池ノ端「山中旅館」内にある会席中国料理「古月」にて、にっかん飛切落語会努力賞2年連続受賞記念・第8回扇辰落語会が開催された。
 前回同様、三味線・太鼓・笛というホンモノの出囃子。
 そしてプログラムも、浅賀さんのマジック(初の色物)、としちんの落語、そしてプロは前回に引き続いて出演の金原亭小駒、トリは入船亭扇辰という豪華版だった。


今回の三味線は今藤政優さん。笛はおなじみ文春の星さん

 おいらは約1年ぶりの高座。4月に出演依頼があり、乗り気ではなかったが、せっかく鳴り物があるので「宿屋仇」というハメモノ入りの噺を覚え、当日は早めに会場入りして、三味線の今藤さん、笛の星さんと打ち合わせ。

 「宿屋仇」は米朝が得意とする旅ネタ。上手下手は別にして、今までやった演目の中ではもっともおいらのキャラクターに向いた噺だと思う。
 唯一の不安は、武士の長いセリフを、三味線の音に気をとられずにできるかどうかだった。
 練習を兼ねてリハーサルを始めようとしたとき、ちょうど扇辰と小駒がやってきた。プロの前で練習するのはつらい。しかし、本番とは違った意味で緊張感があって、これがかえってよかったのかもしれない。

 旅館に楽屋として別室を用意してもらう。食事のあと、おいらもそこで小駒に着物(浴衣だけど)の帯を締めてもらったが、楽屋でプロと同座するのは素人としていかにも心苦しかった。しかし開始直前まで演目の選択に苦慮する扇辰の、芸人がふだん表に出さない姿を垣間見ることができた。

 「・・・大浦さん、まえに「ちりとてちん」やりましたっけ」
 「やってないですよ」
 「そうでしたっけ? 聴いたことがあるような気がするんだけどなあ。(手帳を見ながら)「へっつい幽霊」・・・おれの「へっつい幽霊」、ウケないんだよなー」

 古月は懐石スタイルの創作中華料理なので、今回も食事にたっぷり2時間かかってしまった。演芸の開始時間が9時、しかも演者が4人。ましておいらが「宿屋仇」などという、まともなら30分かかる大ネタをやるというので、トリの扇辰としては客の帰宅時間の心配もしなければならない。
 本当は「鰍沢」を準備していたらしい。もともとキッチリした芸風で、最近はにっかん飛切落語会の努力賞を2年連続で受賞中の扇辰に、「たちきり」「三井の大黒」「鰍沢」などの大ネタで客をうならせることはむしろたやすい。
 しかし、今回はあまり長い噺はできないし、しかも早川席亭が人員確保のために苦労して呼び集めたプライベートな友人など、「落語をナマで聴くのは初めて」という客が何人もいたことが扇辰の苦悩に拍車をかけた。「鰍沢」が初心者向けでないことは明らかである。

 いよいよ開演。最初は今藤さん、星さんの演奏をバックに、浅賀さんのあまりにもうますぎるマジックが繰り広げられ、早くも会場は騒然(笑)。


アマチュアとは言え、キャリア20年の浅賀さんのマジックは見事!

 続いて、おいらの落語。
 おととしの「八五郎坊主」は扇辰との勝負であるというプレッシャーのため、また去年の「軒付け」は噺自体の難易度のために、顔が蒼ざめるほど緊張した。今回はそれよりはマシとはいえ、やはり1年ぶりの高座はキツイ。


「宿屋仇」を演じるとしちん

 思いがけないところでミスが2カ所あったが、どちらも素人のご愛嬌として逆に笑いをとることに成功。このへんはさすがに去年の大失敗の教訓が生きている。
 また、今回は会場の雰囲気もよかった。ちゃんと笑うべきところで笑ってくれた。そういう意味では、3年間やってきたが、いちばん気持ちのいい高座だった。
 酒盛りのときの演奏はにぎやかに、そして隣の部屋での武士と伊八のやりとりの間は音を下げて弾いてもらうという、リハーサル時のおいらの注文に、下座さんも完璧に応えてくれた。前半のうちにお客さんを上方落語ワールドに巻き込むことに成功したのは、この演出によるところが大きかったと思う。


「子ほめ」を演じる金原亭小駒

 気の毒だったのは前座の小駒(笑)。前座は前座噺しか許されないから、素人の「宿屋仇」で客がバカウケした直後に高座に上がって「子ほめ」をやらなければならないのだ。これは絶対にツライはずである。
 それでなくともおいらの芸は、少なくとも最初の2年間、プロ(扇辰)を潰すために磨いてきたものだ(笑)。小駒にとってはとんだトバッチリで、かわいそうに、誰が見てもわかるほど緊張していた。


扇辰の高座 / 左端は扇辰のお兄さん

 トリの扇辰は、結局「ちりとてちん」を選んだ。通常、東京では「酢豆腐」として演じられる噺である。「酢豆腐」では腐った豆腐を食べさせられるのがキザな若旦那だが、「ちりとてちん」では偏屈な職人という設定になっている。そのあたりで、扇辰も後者の方が自分に向いていると判断したのだろうと思う。
 扇辰の人情噺を期待していた常連客は肩すかしをくわされたと感じたかもしれないが、おいらはむしろ、会場の空気を読んで爆笑ネタに果敢にチャレンジした扇辰にプロの凄味を感じた。それに「ちりとてちん」は言葉ではなく、ほとんど演技力によって笑わせるネタで、ヘタクソな演者にはできない。おいらだったら絶対に演らない(笑)。

 おいらが言うのも僭越だが、かなりグレードの高い会だった。同じ「会費1万円」でも、最初の年と比べたら雲泥の差である。もちろんその最大の変化は、言うまでもなく、主役である扇辰が飛躍的にうまくなったことである。

 しかし、うまい噺を聴きたいだけなら、NHKの「日本の話芸」やTBSの「落語特選会」をチェックしたり、ビデオやCDを買ってもいいし、あるいは寄席やホールへ足を運んだって1万円もかからないだろう。扇辰落語会の魅力は、密室のような空間で客が芸人を育て、芸人の成長をリアルタイムで見守るおもしろさに尽きる。

 ところが、今回の参加者が出演者も含めて24名にとどまったことで、扇辰落語会の本当のおもしろさを理解できる絶対数がほとんど増えていないという事実が露呈してしまった。
 最初の頃は「プロvs素人」という対決の緊張感で会を盛り上げたわけだが、その一連の戦いに扇辰が全勝したということは、客も扇辰の芸を認めたということではないか。だったら、あとは黙っていても扇辰を見に来る客で会は賑わい続けるだろうという予想が、大きく裏切られたのである。
 たしかに景気は長期にわたって低迷しているが、そんなときこそ落語を楽しまなければ、「心」まで貧しくなってしまうのではないか。

 秋の開催は「扇辰落語会」にとって最大の正念場になりそうである。

 ・・・最後に、去年は大失敗をしでかしたのに、再びチャンスを与えてくれた早川席亭に感謝いたします(←さんざんイヤがってたくせに(笑))。
 また、「おもしろかった芸人にご祝儀をあげようコーナー」で、素人のおいらにご祝儀をくださった皆さん、本当にありがとうございました。
 帰ってから開けてみたら、どなたかわかりませんが、なんと三千円入りのものもあり、たいへん驚きました。感謝感激です。

としちん