遠かったブエノスアイレス(3月20日)

 
今日は午後3時まで、日本語ガイドの手が空かないので、それまでフリーです。
午前は、ホテルの隣りにある、アメリカンタワーという別のホテルの、プールにいこうと思いました。こんなに暑いんだし(携帯でみたこの日の気温は、29度)、大丈夫。第一、せっかく持ってきた水着が、スーツケースの中で泣いている。
ところがいってみると「夏においで」と言うんです。気温は高くても、水温が低いそうなのです。残念。
しかたない、うちのホテルに戻ってきて、土産物屋さんをひやかすことにしました。
男の人が、リュックやら鏡を見せて「これはこんなに便利」と、説明しているらしいのですが、私には分かりません。
「英語はだめなのかい?イタリア語に替えようか?」という英語だけ分かったけれど、イタリア語もだめなのよ(笑)
「アイ キャン スピーク ラシアン」と言ってみたけれど(大きく出たな)だめでした。
そうだ、インカローズを買いたい、ありますか?と尋いたら、あったことはあったんだけど、一番安くて45ドル。上はいくらでもあります。確か昨日、康子さんは「10ドルくらいでも買える」と言うので、ホテルでは買わないことにしました。

ホテルの近くのスーパーで、サンドイッチを買って、お昼に食べようと思ったのですが、これがびっくりするほどまずいの!ハムとチーズだという説明だったから、私にも食べられると思ったのに。どんなサンドイッチを買ったのか、後でガイドに見てもらおう、包み紙をとっておいてと母に言っても、ただ白いビニールで、何も字は書いていないとのこと。とにかく、筆舌につくしがたいまずさだったので、仕方なく?ホテルのレストランへ、お昼を食べにいきました。
よく分からないながら、スープとオニオンオムレツをとったら、オムレツが美味しかった。
やはり、冷たいサンドイッチより、暖かい料理を食べると、格段に元気が出ますね。

2時半頃お昼を食べ終わり、3時に元気に出発できました。
市内観光ということだけれど、どこへいきたいですか?とガイドが尋いてくれたので、昨日の康子さんに教えられた、インカローズを買いたいと言いました。これは女の子が持っていると、愛に恵まれるという石。ピンクがより鮮やかな方が、効果があるのだとか。康子さんも、この石をお母さんからもらって4年目に、旦那様がみつかり、この石が割れてから、離婚したのだとか。
私も離婚してもいいから、一度くらい結婚してみたい(汗)できたらピンクが奇麗で、そして安い石が買いたいと言ったら、ガイドのマリアエレーナさんは、ポカ地区へ連れていってくれました。
ここは旅行パンフレットにも出てくるとおり、タンゴ発祥の地。その代わり治安が悪いので、手荷物をしっかり持って、車から降りて歩き出します。
カミニートという地区をちょっと歩き、それからポカ地区を歩いてみると、路上でタンゴが演奏され
ています。
今歌っているのは90才の人よ、というので、ちょっと耳を傾けてみたら、ごく普通の、男性の声でした。それくらい若い声なのでしょう。
やがてマリアエレーナさんお勧めの店に着き、これが10ドルよとみせてもらったのですが、なんかこう、小さ過ぎるのです。ごみと間違えて捨てそう。もう少し大きい、直径2センチくらいの石が、ペンダントになったやつを買おうとも思ったのですが、私はどうも、アクセサリーを身につける習慣がないのです。なので「これなら持って歩けそう」という、ペンギンのインカローズ52ドルを買ってきました。ペンギンですから、全部がピンクではありません。目とかは、ペンギンの色をしています。だから、効果がないかもしれないんですが、でも太っていてかわいかったので、これにしました。南米ではなるべくカードを使えとのことでしたが、ここはカードがだめだったので、ドルで払いました。その後、三味線の稽古にも持ち歩こうかと思ったんですが、忘れてきたらどうしようとか、いろいろ考えてしまって、まだあまり外へ連れ出していません。これではだめですねえ(涙)。

次は地下鉄に乗りたいと言い、ドライバーさんに待ってもらって、二駅だけ乗りました。
ブエノスアイレスの地下鉄は、B線は東京の営団地下鉄、C線は名古屋の地下鉄の、300Kだかなんだか、私は鉄道に詳しくないので、間違っていたらすみません、要するに日本のお古を使っているそうなので、それじゃあつまんないなと思い、A線に乗せてもらいました。これは木造の、ほんとにぼろい列車。座席も、べんちみたいな木の椅子です。
ここはアルゼンチンだけど「ペルー」という駅で電車に乗り、次の駅が「リマ」そしてその次の駅、国会議事堂前で降りました。

また車に戻って、次は、ガレリア・パシフィコというデパートにいきました。
ここでは私のブラウスを、いろいろみてから買いました。
おもしろかったのは、試着室に入る時、日本なら絶対靴は脱ぐのに、こちらはどそくで入ること。やっぱり靴の国なのですね。
私の身体にちょうどいいブラウスを買うと、腕が長く、腕がちょうどいいのを着ると、身体に足りないので、結局、腕の長いブラウスを買いました。
ガイドいわく、白人はどうしても、日本人より手足が長いのだとか。そういえばボルゴグラードで買ったズボンも、足が長かったので母にすそを縫ってもらったのでした。

次は、スーパーにいきました。
夕食のおかずと、ちょっとしたパン、昨日も今朝も買って美味しかった、飲むヨーグルトをまた買いました。 イチゴ、バナナ、洋梨、プルーン。何の味を買っても、実はあまり味が変わらない代わりに、どれもみな美味しいのです。
それから、ロシア語のクラスメートたちに配る、ボンボンのようなお菓子を買いました。ロシア語の授業の後、必ずお茶の時間があるのです。その日に何人来るか分からないので、がさがさっといっぱい入ったものを買ってきました。
まだほんのちょっとだけ時間があるというけれど、母はもう疲れたというので、私とマリアエレーナさんだけ、フロリダ通りを散歩してきました。いろんなお店があるのを、説明してもらいました。

そして7時頃ホテルに帰り、先ほどスーパーで買った、チキンのフライとパンで、夕食にしました。昨夜みたいにガイドを食事に誘おうと思ったけれど、今日の人はどうも、昨日の康子さんとは違う雰囲気だから。

夕食後お風呂に入り、9時半出発で、タンゴショーにいきました。
タンゴショーとタンゴディナーショーがあるそうで、そんなに料金は変わらないので、みなさんディナーショーの方に申し込まれますとのことでしたが、私は知らなかったのです。 ファイブスタークラブさん、説明不足ですよー。と、ここに書いておく。
タンゴは私はあまり詳しくないので、書くこともないんだけど、一人、91才のおばあさんが、何人もにささえられて舞台に上がり、歌ったのがめだまでした。もうやっと歩けるくらいに、足が悪いんだけれど、マイクを持つとシャンとするんだそうです。1930年代、タンゴ全盛期の頃からの歌手なのだそうです。
歌い終わって、楽団の人が「早くどっかいけ」という身ぶりをすると、おばあさんは「いやだ、ここにいる」という動作をするのですが、やがて連れていかれる、というこの部分まで、きっとショーなのでしょう。みんな大受けでした。
飲み物は2杯まで無料だそうで、スプライトを飲んだけれど、とてもじゃないと、2杯飲みきれませんでした。だって、1杯目を終わらないうちに、もう2杯目を持ってくるんだもん。
11時40分にショーが終わり、写真を買って、車で帰ってきたので、ごく自然に、ブエノスアイレス午前0時をまた体験できました。よかった。(続く)