ペルーへいってみるー、最終回

 
4月20日
朝最初に目がさめたのは、6時40分でした。
ああ、みんなもういったなあと思った。
今日、私と母以外のうちのツアーのみんなは、5時半起床で、6時半にイカの空港へゆき、ナスカの地上絵をみるためのセスナ機に乗るんです。
私は、柳家花緑っていう落語家が、婚約者とハワイで、遊覧セスナに乗って、15分くらいでもう具合が悪くなったという話を聞いて、もうこの、ナスカの遊覧飛行には、始めからいく気がありませんでした。柳家花緑は大きらいだけど、この話は信じる。それで、私と母はホテルに残ることにしたのです。

7時50分に起きて、朝ごはんを食べにいきました。
ここのホテルに泊まっているのは、人間だけではない。
蛇、トカゲ、サソリ、砂漠にお住まいの方々は、みんなここに居るんだと聞いていましたが、実際にお会いしたのは、この朝食の時の...ハエだけでした。よかった。
このホテルの朝食バイキングが、今までで一番種類が少なく、スパゲティーとパンとジュースだけにしました。
コーヒーは、まだちょっと胃が重かったので、やめておきました。

朝食を終えて、9時頃部屋に戻ろうとしたら、あら? うちのツアーの人がいる。
セスナが終わるのは、早くても10時か11時、乗れない時は1時に帰ってくるという噂だったので「あれ?どうしたの?」と尋いたら、ナスカで待っている人より早く乗れたのだとか。
で「これからサンドバギーに乗りにいく」と言うので、え? ちょっと待って、私もいくから待っててって添乗員さんに言って、と騒ぎ、部屋へいって帽子と持ち歩きの水とお金だけ持って、慌てて玄関へいきました。
てっきりホテルからバスでどこかへいくのかと思ったら、なんとホテルの前からサンドバギーが出るんですね。
母は「こんなの乗りたくない」と言うので、添乗員と一緒に乗ることにしました。
私たちが添乗員さんのお金を払うのかと思ったら「いいの、私はどっちみち乗ろうと思っていたんだから」とのことで、私の分だけ25ドル払いました。
一見ジープのような車に乗り、エアーコンドル(ペルーの飛行機会社)のパイロットさんが、飛ぶように運転してくれる、砂漠のジェットコースターです。
砂山の頂上で一度、写真タイムがあったんだけど、私は慌てふためいてカメラも持ってこなかったし、添乗員さんも持っていないとのことで、しかたない、心の中だけに思い出を残すことにしました。
ここから下へは、砂用のスノボみたいなものの上に乗って、はらばいになって下りることもできるそうだけれども、私も一瞬どうしようかと思ったけれど、やっぱり目が見えないとだめかなあと思い、車で下りることにしました。
日本のジェットコースターみたいに、キュッと上がってどんと下りるのではなく、気持ちよく上がってさわやかに下りるので、全然酔いません。
風がビュービュー吹いて、帽子が飛びそうだったけれど、それも気持ちよかった!
最後にパイロットさんに1ドルあげて、1時間で帰ってきました。

部屋に帰って、ペルー最後のお風呂。
浴槽が砂でよごれていた意味が、今やっと分かった。
髪を洗い、ちょっと横になって、12時半にスーツケースだけ廊下へ出します。
そして1時に集合して、イカにあるもう一つのホテルで昼食のバイキング。
ここで飲んだもので、変わったものといえば、サボテンのジュースです。
美味しいかどうか分からないけれど、こういう珍しいものは飲まなきゃと、とってみました。(飲み物は別料金)
なんと表現していいか、分からない味だけど、しいていえばメロンかな? 色も緑色だそうです。また飲みたいほどではないけれど、まずくはありません。

出発までまだ時間もあったし、ペルーでまだ身体に合うTシャツを買っていなかったので、お土産屋さんにみにいきました。
ある一枚のシャツ、なんの絵か分からなかったので、母が「この絵はなに?」と店員さんに尋くと「モンキー」なんでペルーまで来て、猿のシャツを買うものかと思ったら、ナスカの地上絵の猿だったんですね。
結局、ペルーの地図のTシャツを9ドルで買いました。
今度はLにしてみた。汗。

2時半出発で、またひたすらリマへ戻ります。
途中、昨日と違うお土産物屋さんでトイレ休憩。
ここにはなんと、5ドル50でTシャツが売られていました。まあ悔しい。
インカコーラ、なんて書かれたシャツは買いたくなかったので、またペルーらしいのを1枚買いました。今度はMにしてみた、笑。
またひたすら走って、夕食の場所、リマの「すし東京」というレストランに着きました。
ここは治安が悪いので、バスを降りたらさっと店に入るように言われました。
生寿司が二かんと太巻きが二つ、エビフライと魚のフライ、あげだし豆腐が一口ときんとき豆、そしておつゆでした。
白いごはんも欲しい人、と言われ、私は手を揚げました。生寿司はきらいだから。
ここのお店もなかなか小ずるくて「お茶は1ドル」というので、母が「1ドルでも飲みたいわ」と注文した後に「麦茶はただ」と言うんです。
私は、欲しい飲み物もなかったし、もちろん麦茶にしました。
料理は美味しかった。

食べ終わって2階のトイレにいったら、日本を出て初めて点字を発見。
「ビデ」とか「しり」と書いてあるんですね。
日本料理屋さんだからか、点字も日本語です。
でも、押してみたけれど、スイッチは入っていないようでした。
店を出ようとしたら、お土産だといって、みんなに一つずつ、お人形のブローチをくれました。
私はもう同じようなものを、初日に買ったんだけれど、ありがたくいただくことにする。
だって、かわいいんだもん。

こうして夜9時に、リマの空港へ着きました。
ここでまた壮絶な(汗)液体検査。
なんと、セキュリティーチェックの後に買ったジュースまで、飛行機の入口でチェックがありました。ヒューストンや成田では、セキュリティーチェックの後に買ったものはOKだったのですが、リマが一番厳しく、ほんとうに不愉快でした。おまえらんとこで買ったものだろう。汗。

こうしてまた、飛行機に18時間乗り、5回の食事をのりこえ、何事もなく日本へ帰るはずだったのですが。
なんと成田行きの飛行機が、2時間50分遅れ、ヒューストンの空港で6時間待ったのです。
私は1992年にニューヨークで盗難に遭って以来、アメリカは大きらいなのに。(坊主憎けりゃけさまで憎い)
でも、そのきらいなアメリカで、私の好きなスムージ発見。
前に沖縄で飲んで、すごく美味しかった飲み物。
そういえばあの那覇のホテルには「アメリカからきたスムージ」と書かれていたっけ。忘れてた。
ピーチスムーズを買って、4ドルという値段には驚いたけれど、でも美味しかったしかなりな量でした。
それから、同じ成田行きの飛行機を待っていた、アルゼンチンから帰ってきたという日本人のおじさんに、いろいろアルゼンチンの話を聞き、私と考え方が違う面もあるけれど、そのおじさんの旅の話がかなりおもしろく、退屈しのぎをさせてもらいました。
アメリカにはもう来ないからと、ヒューストンらしいTシャツも買いました。
9ドル95だと思って、10ドルで買えるなと思ったら、実際に払うお金は10ドル81でした。

帰りの飛行機では、もう書くことはないんだけど、一つだけ気づいたので書かせて下さい。
機内が寒い飛行機会社は、スチュワーデスも冷たい。
前に「エアーヨーロッパ」という、あまり聞かない航空会社の飛行機でイタリアへいった時、機内が寒くて、セーター類はみんなスーツケースに入れてしまい、ヨットパーカーくらいでは寒くてたまりませんでした。
その時のスチュワーデスも、氷のような態度だった。
今回のコンチネンタル航空も同じ。セーターを着ていても寒くてたまらず、隣席の外人のおじさんが「自分は使わないから」と毛布をくれたので、自分のも使って2枚にくるまっていました。
個人用のテレビがあったので、どうやったらみれるか、いろいろいじっても分からず、しようがない、スッチャデスさんを呼ぼうと思って、いろいろボタンを押しまくっても、なにを押しても来ない!
その上、たぶんエコノミー症候群を防ぐためだろうけれど、氷水を持ってきてくれる。
寒い機内で、氷のような態度のスチュワーデスさんからもらう氷水。
せめて、お湯が欲しかったよー!

飛行機が3時間遅れたら、HISからミールクーポンが出たそうだけれども、残念ながら? 2時間半遅れで、日本時間で22日の夕方5時に、成田へ着きました。
そう、出る時は2時間50分遅れだったけれど、20分だけとり戻したの。
向かい風なので、あまりとり戻せないそうです。
「ロシアが好きならば、南米なんかちょちょいのちょいよ」
添乗員さんは初日にそう言ったけれども、ロシアには高山病がないんですもの、やっぱりロシアの方がずっと楽だと思いました。
ただ「思ったことを思ったようにできない」という所だけ、ペルーもロシアに似ているなと思いました。
ロシアが好きな人は、南米も好きになる、そんな気がします。
あと、なるべくペルーの気温の変化を、おりにふれ書いたつもりです。
寒い時と暑い時が、ロシアよりずっとはげしいと思います。
一番美味しかった食べ物はチョッコロ、一番楽しかった乗り物はサンドバギーでした。
またペルーへいけることは、もうないかもしれませんが、いけたとしてももう、高い所はこりごり!
リマかイカだけにしたいものです。