ナーゴヤにいってきたなも 一日目の巻

 
ずっと前から、リニアモーターカーっていうものに、乗ってみたいと思っていました。
でも昨年、上海にいった時は、そういうチャンスはなかったし、第一私の勉強不足で、上海にリニアモーターカーがあることを知らなかったので、家に帰ってから旅行の広告を読んでもらって、悔しがっていました。
リニモに乗るんなら地球博へいこう、地球博へいくんならロシア館にいかなくちゃ、と目標はだんだん増えて、今回のような旅になりました。

5月22日、朝8時40分の飛行機で、小牧空港へ。
今流行のセントレアにいくより、却ってこまなくていいだろうと思ったのは少し間違いで、小牧空港から名古屋駅前の、私が泊まるホテルへいく、ちょうどいいバスがないんですねえ。
正確には、駅行きのバスはあるんだけど、ホテルとは反対側に着くとのこと。
駅の中を10分も15分も歩くくらいなら、地球博で体力を使いたいので、勝川行きというバスに乗って、そこからJRで名古屋駅へいき、待ち合わせの場所、今夜の宿へ着いたのは午前11時のことでした。

私が泊まるホテルは、11年前の、名古屋オフ(パソコン通信仲間の集まり)で使ったもの。
その時一緒に泊まってくれた友が、なんでここを選んでくれたかは分からないけれど、駅から近いのと(というより駅にくっついていました)料金が安いのと、フロントの人が親切なので、今回思い出して、ここを予約しました。
ここでfさん、aさんという、男性二人の友達と待ち合わせ、地球博に使わない荷物はおいて、ペットボトルのジュースを水筒に移して、いざ愛、地球博へ!

地下鉄東山線とリニモを乗りついで、地球博会場へ着くと、ケアセンターへ案内されました。
ここは、障害者などがすぐ入れる入口です。
普通の入場者は、並んで待つみたいです。
それはありがたかったんだけど「優先の方が通りまあす」とみんなの列をどけて通るのが、少しだけ申し訳なかった。
ケアセンターの後、もう1回入り口みたいな所があったので「荷物を見せるんでしょう?」と言ったら「さっきもう通ってきました」とのこと。さっき? ケアセンター? リュックを下ろさせもしなかったけど? こんなことなら、ペットボトルも缶ジュースも、持ってくればよかった。私は喉がかわきやすいので、実は地球博でこれが一番心配だったのです。

地球博で私がいきたいのは、ヨルダン館とロシア館とパキスタン館なのよ、こもん1と3と4にあるのよと、まずこもん3の、ヨルダン館へいくことにしました。
ところがこもん3にいくトラムが、30分待ち(汗)
歩いてもいいなと思ったけれど、もう雨が降り始めていたので、待つことにしました。
30分待って乗ったトラムは、壁のないバス、という乗り心地。
「カーテンは開けますか閉めますか? 開けたら雨が入ってくるけど」と係りの人が言っても、みんな景色がみたいので、閉めませんでした。
「じゃあこっち側だけ閉めましょう、中途半ぱにしておくと、この間、往復びんたをくらった人がいるから」の言葉に、なんか大笑い。確かにこのビニールのカーテンで顔をたたかれたら、痛いだろうなと思えます。
待ってる時間は長かったけれど、市電に乗ったら5分くらいで、こもん3に着きました。
ここでもう、私は電池切れ。
フランス館の前にあったピザ屋さんで、ピザとコーヒーを食べました。
ちなみにピザは1000円、コーヒーは300円でしたが、コーヒーにはケーキが付きます。
雨の中、傘をさしながら食べたピザは、この地球博で食べたものの中で、一番美味しい食事になりました。
食べ終わってヨルダン館に入り、うけつけを探して、ようやく死海の申し込みをしたのは、2時45分のことでした。4時45分に来て下さいと言われ、突然、2時間の余白です。ロシア館へいってみてもいいけど、時間までに戻って来れないと予約がキャンセルになってしまうので、同じこもん3にある、イタリア館へいくことにしました。
イタリア館ではなにがみたいの? とFさんに聞かれ、迷わず「踊るサチュロス」と応える私。
これはロシア語のクラスメートが、教育テレビの「日曜美術館」なんていう、私は絶対みない番組(笑)でみて、感動したというのと、視覚障害者だと言えば さわれるという話を聞いたので、さわってみたかったのでした。
実際、視覚障害者であることを申し出ると、あっさりさわらせてくれます。
しかし本物はさわれませんし、 撮影もできません。レプリカだったらなにをしてもいいそうで、2分の1っていうやつをさわりました。
いびつな形で、どこが腕か胸か、よく分からなかった。
片足はないので、つっかえ棒で立っているそうです。
Fさんに頼んで、携帯で撮影してもらいました。

次にどこかへいっても、戻って来れないといやなので(こればっか)イタリア館の2階のレストランに入りました。
雨のせいか、ここで休もうと思った人が多いらしく、もんのすごい行列。注文して、座るまで30分かかりました(涙)
お腹はさほど空いていなかったので、トマトとモッツァレラチーズのサラダと、アイスティー。
後から気づいて、赤いオレンジジュースを頼みました。
このオレンジジュース、94年にイタリアへいった時にはまっちゃって、97年にまたいった時も探しまくったのですが、97年には飲めませんでした。
今じゃ新潟でも、飲めるようになっちゃったんだけど。
そしてこの、トマトとチーズのサラダ。前に新潟のイタリア物産店で、100グラム550円は高いと思いつつも買ったら、ものすごく美味しかったの。今回、1200円は高いと思ったけれど、思いきって買ってみました。そうしたら100グラムにも満たないわずかな量で、その味の貧弱なこと。「これ食べて」と友達にあげて、私はジュースと紅茶を飲んでいました。
食べ終わって、まだ少ーし時間があったので、だれも並んでいなかった、チュニジア館へ入りました。しかし、予備知識がないのでみるものなし。すぐ出てきました。
そして4時半に、ヨルダン館へ戻ってきました。
友達二人は海に入らないというので、 私と母だけ更衣室へ。
水着も持ってきたけれど、母が「濡れたやつを持って歩くのはいやだ」とがんばるので、レンタルにしました。
ヨルダンにあるという死海、それをそのまま持ってきた、かどうかは知りませんが、同じ濃度の塩水に入ります。
この死海に入るためには、いろいろ注意事項があって、高血圧の人、肌の弱い人、身体に傷のある人は入ってはいけませんとのこと。
私は手の皮がむけていたけれど、ここであきらめるわけにもいかないので、着替えて入りました。
そうしたら傷にしみたしみた! すごく痛かったです。
もっともっと浮くのではないか、水の中で本でも読もうかと思っていたのに、そうでもありませんね。うつぶせになってはいけないというので、あおむけで浮いてみると、案外沈みます。ゴムの帽子のすき間から水も入るので、耳に入って、後々まで気持ち悪かった。それと、水底がぬるぬるして、足が滑りそうでこわかったです。
母は 「あがりたい」と言っていましたが、私は「10分経てばむりやり上がらされるんだから」と、お風呂みたいに肩までつかって入っていました。深さは私のお腹くらいか、もうちょっと浅いのですが、それでも足が滑って立てない時こわかったので。

こうして、第一の目的が済みました。
こもん4へは、ここから歩いていけるというので、ロシア館のあるこもん4へ。
あ、ここにコーカサス共同館が。
昨年私はコーカサスにいったのよね、懐かしいわと言って入りました。
コーカサスとかグルジアと言っても、まだまだ知らない人は多いのでしょう。テレビ新潟のKさんも「それ、国の名前?」とか言っていましたっけ。なので、コーカサス館のどこにみんながいくかと言ったら、地図でした。
私も「ここがグルジア、ここがアゼルバイジャン」と地図をさわってきました。
浮き出しているわけではないけど、懐かしかった。

次がいよいよロシア館です。
岡田さんに聞いていた「バンデューラをさわれるかどうか」を係りの人に尋いてみたけれど、全然そういう企画はないそうなので、特にさわれるものなし。
飛行船かなにかをさわって、書いてあることを読んでもらいました。
でも飛行船に詳しくないので、読んでもらっても分からない。
近くにいたロシア人の男の人に「なんて書いてあるんですか?」とロシア語で尋いて、奇麗なロシア語だねとおせじを言われたくらいでした。
長い間、ビデオの説明を聞き、少し暇だったので同行の友達とメール。
これが終わったら帰ろうというので「パキスタン館にもがんばっていきましょう」とメールを書いたりしていました。もうみんな、くたくたに疲れていたんです。

ロシア館には確かお土産屋さんがあったわよねと思い、探してもらったらじきに発見。
ロシア語のクラスメートたちに、マンモちゃん(まんもすのことを、どうもここではそう言うみたい)の絵の描かれたクッキーを買い、自分用には、鬼歯はないくせに口をカーッと開けている、マンモちゃんのぬいぐるみを買いました。今、パソコンの横にあります。さわると暖かいです。生きているのかな? パソコンの熱が伝わっているだけですが。

ここからこもん1は少し遠いので、キッコロゴンドラに乗ることにしました。
ところで、市電もゴンドラも1回500円。障害者と付き添いは、300円になります。
こういう乗り物で、案外お金がかかりますね。
もう夕方で、人も少なくなっていたので、待ち時間なしでゴンドラに乗れました。
パキスタン館へいくと、ものすごくいいにおいが。
なんだ? ホットケーキか? と思ったのですが、母は「そんなものはない」と言う。
いいや、私の鼻は嘘はつかないと探してもらったら(笑)ナンの実演販売でした。
なあんだ、ナンならいらない。

パキスタン館を出てすぐに、中華のレストランがあったのですが、ものすごくこんでいました。
なのでちょっと他を歩いてみたけれど、スリランカレストランは私の苦手な香辛料のにおいがするし、知らないものを食べてみる勇気もなかったので、中華のレストランで待つことにしました。
そうしたら、待っていると案外行列は進みますね。
レストランといっても、テントのような所で食べるんです。ぼたんえんというお店でした。
800円の、特に美味しくもないけどまずくもない「ちゃーしゅうめん」を食べ、ジュースを飲みました。水筒の飲み物がなくなっていたので、そろそろ喉がかわいていたの。

この後どうしようか話し合って、そうだ、パロちゃんをみたいなあ、35万円もするロボット買えないもんね、抱っこしたいわよねと言い、Fさんがガイドブックでしらべてくれました。
そうしたらなんと、こもん3にパロちゃんがいたことが分かり、 またこもん3へ、市電で戻ることにしました。
日本館に着いたのは夜8時でした。30分並びますと言われ、30分なら待てるけれども「パロちゃんはいますよね?」と確認したら、パロちゃんは雨に弱いので、お休みですとのこと。アザラシなのに、水に弱いとは何事だ(笑)並ばないで、帰ることにしました。
西ゲートからも出れるん だけれど、西ゲートは車の都合がいいそうで、私たちは、最初に入った北ゲートへ戻ることにしました。
その北ゲートへいく市電を待っている時に、今日一番の強い雨。
セーターを着ても寒いくらいに、気温も下がりました。
「あちらに見えるこもん6のシンガポール館では、スコールが体験できまあす」
市電のガイドにそう言われても、 だれ言うとなく「もういい」と言っていました。

またリニモと地下鉄を乗り次ぎ、いきは感動していたリニモなのに、帰りは眠くて、 ほとんど揺れない気持ちよさにトロトロしていました。
地下鉄はこんでいて、30分ずっと立っていました。
こうしてホテルに帰り、お風呂に入って、疲れていたんだけれど眠れない。
写真を友達に送って、こんなことを携帯でするのは初めてだったので、 楽しんでいました。
そうして、朝4時頃やっと眠れたのでした。