1998/11/13 第5回扇辰落語会

 11月13日(金)。上野池之端の水月ホテル鴎外荘にて、第5回扇辰落語会が開催された。
 ここは、以前使った「はん亭」から徒歩5分、「山中旅館・古月」から徒歩2分。まるで落語会向きの風情のある場所はこのエリアに集中しているようだ。
 水月ホテルは、森鴎外が実際に住んでいた家屋をそのまま取り囲むように立っている。その部屋は現在「舞姫の間」と呼ばれ、宴会場(定員70名)として使用されている。座亭の早川はかねがねこの部屋を扇辰の真打ち披露の会場にと考えていたのだが、扇辰が待てど暮らせどいっこうに真打ちになりやがらないので、今回の戦いの舞台に使ってしまうことにした。
 部屋そのものの雰囲気もさることながら、ホテル側が金屏風と演台を用意してくれて、ムードは最高。

 今回は扇辰VS素人軍団「扇辰に挑戦」の最終回。素人軍団はこれまで、小川、としちん、早川、としちんと4連敗中。今回はみっちり1年間の練習を積んだ早川のリベンジマッチだ。今度こそ一矢を報いたいところではあるが、どうも前回の結果から考えて、「扇辰ファンの集い」として定着した感のある扇辰落語会において、どうがんばっても素人が扇辰より多くの票を獲得することは無理だということがわかってしまった。とりわけ常連のお客さん方は、わざわざ会費と電車賃を払ってまで扇辰にご祝儀をあげにやってきているようなものだから。新興宗教のまじめな信者みたいなものである。
 しかし、勝つ可能性が全くないわけではない。なにがなんでも扇辰に投票するであろう常連客は15名ぐらいなので、お客を40名以上集めて、明らかに扇辰よりもうまくておもしろい落語をやれば、浮動票で過半数を稼げる望みもあるからだ。

 最終的に、参加者は扇辰と早川を含めて39名になった。しかし、勝ち負けになるかどうかは微妙な人数である(ーー;)。

 4月はるみちんと晴ちゃんが来てくれたが、今回はるみちんは仕事のために欠席、かわりにナイスミディ仲間の周さんが初観戦。
 晴ちゃんいわく、前回のおいらは悲壮感が漂っていたのがとても愉快だったそうだ(笑)。今回もそれが見たくて来たようだが、おいらが全く何の緊張感もなく、リラックスしまくっているのでがっかりしたようすだった。
 しかし、おいらがリラックスしていたのは、今回はただの前座で、自分が挑戦者ではないからであって、自分の芸に自信があるからではない。実は、おいらは4月の敗北のあとは全くヤル気を失っていて、今回の出演も一度は辞退したのである。しかし早川にどうしてもやってほしいと言われ、シブシブ引き受けたのだった。たしかにおいらが挑戦したときも、早川が前座で客席を盛り上げてくれたおかげでずいぶんやりやすかったのは事実なので、お返しはしなければならんだろう。


「壺算」を演じるとしちんと、ナイスミディ軍団のはるちゃん(左)、あまねさん

 トップバッターのおいらは「壺算」という上方落語。本当は25〜30分ぐらいの大ネタなのだが、前座なので15分ぐらいにまとめた。
 やってて、我ながらノリが悪かった。前回よりも緊張感はないわけだから、もっと伸び伸びとやれるはずだと予想していたのだが、妙に肩に力が入り、バタバタと駆け足のような高座になってしまった。
 考えてみれば、前回の「八五郎坊主」は、絶対に勝つんだと思って必死でやった。今回は、そういう意味での真剣さが全くないのだから、ダメで当たり前である。
 でも、あとで聞いたらおおむね好評だったのに驚いた。社交辞令かもしれんが「すごく上達しましたね」などという言葉まで頂戴する始末(絶対にそんなことはありえないのだけれども)。

 さて、ここからが素人VS扇辰の最終ラウンド。まずは挑戦者・早川の出番である。
 演目は、なんとプロの扇辰でさえまだ手掛けたことがない大ネタ中の大ネタ「五人廻し」。真打ちでも、志ん朝クラスでなければほとんど演じられることのない噺である。

 早川は、扇辰の最大の弱点は登場人物のキャラクターの演じ分け及び女性の描写のヘタクソさにあると分析し、いわば扇辰がもっとも苦手とするタイプの噺を選んだのだった。また早川は、前もって扇辰にFAXで「五人廻しで勝負する」と予告、プレッシャーをかけていた。どうりで、きょうの扇辰は緊張しているわけだ!
 早川の「五人廻し」、率直に言って驚いた。大変な上達ぶりである。ウーン、練習というものの尊さを学んだよ(笑)。
 また、この噺は彼にあっている。(ひとつ例を挙げれば、もともとこの噺に出てくる田舎者は、江戸っ子がもっともバカにしているタイプの田舎者として演出されている。彼のような生粋の東京人でなければ、この田舎者を正しく演じることはできないのだ。)
 しかし、本人は50%の出来だったとしきりに悔しがっていた。「練習のときは、自分は天才だと思っていたのに・・・」だとか。

 さて、扇辰。演目は「三井の大黒」。
 これは先代の桂三木助の得意ネタ。ちなみに、扇辰の師匠の入船亭扇橋は、小さんの前は三木助の弟子だったそうなので、世が世なら扇辰は三木助の孫弟子だったわけだ。そういう意味では、この噺を「扇辰に挑戦」最終回の高座に持ってきたのは、それなりに意気込みが感じられないわけでもない。
 しかし、いかんせん出来そのものが可もなく不可もなしという印象だった。

 両者の戦い、技術的にはほとんど優劣がないか、むしろ噺の掘り下げ方や人物描写では早川に分があるとさえおいらには感じられた。

 そして運命の投票のとき。おいらが祝儀袋を集めて回ったが、やはりどちらと決めかねて悩んでいる客が多かった。2つの祝儀袋で両者に投票した人もいた。(←すばらしいアイデアである!)
 やはり激戦だった。
 結果は、20対17で扇辰の勝ち。

 早川は、もともと勝ち負けにはこだわっていなかったと思うが、自分が完璧に演じられなかった悔しさと、あの扇辰の「三井の大黒」に嬉々として票を入れる客ばかりでは扇辰のためにならないのではないかという、すっきりしない気持ちが残る最終回だったようである。次のページに彼の手記を掲載してあるので、(特に出席者のみなさん方は)2年間に及んだ「扇辰落語会」とはいったい何だったのかを、ご一緒にお考えいただきたい。