1998/4/17 第4回扇辰落語会


会場は桜鍋の「みの家」

 4月17日、第四回扇辰落語会が「みの家」伝通院支店にて開催された。

 悪くとも2勝1敗、あわよくば3連勝をと、斉藤・桑田・ガルベスで3連戦に臨む長嶋監督のような胸算用だったにもかかわらず、去年は素人軍団が屈辱の3連敗を喫してしまった。有望な新人も現れぬまま今年最初の回を迎え、やむなく、第2戦で扇辰ともっとも接戦を演じたおいらのリベンジ・マッチとなった。


開会宣言。左から扇辰、座亭の早川、挑戦者としちん

 前回敗れた席亭の早川光が、今回は前座で登場。絶品の桜鍋と落語3席が楽しめ、お土産に「一炉庵のみそまん」が付くという、とてもオトクな会となった。
 挑戦者でないという気楽な立場の早川は、前回のイレコミがウソのように、リラックスした高座を披露。「町内の若い衆」という前座噺を昭和30年代当時のアレンジで演じ、会場の雰囲気を盛り上げた。


前座をつとめる早川。

 おいらは桂枝雀の得意ネタ「八五郎坊主」。このネタは東京ではポピュラーではないが、プータローの八五郎が甚兵衛さんの世話で出家して坊主になるというストーリーの爆笑ドタバタ落語で、前回の「田楽喰い(ん廻し)」のような知的なネタと違い、テンポと勢いが勝負。こういうバカ落語はおいらも初めての挑戦だったが、扇辰に勝つにはこの噺以外にはないと思った。そしてこの勝負のためにおいらは前々日、床屋で清原のような頭にしてきたのだった。

 ところが本番直前、「これなら勝てる」という意識が、逆においらに異常な緊張をもたらした。また、2度目とは言え、去年の7月以来という間隔はあまりにも長い。前回は、実はビールを飲んだ勢いで高座に上がることで緊張をほぐしたのだったが、酔っ払って肝心のセリフを忘れるというミスもあったので(笑)、今回はほとんどビールも飲まなかったのである。
 こんなに緊張していては、かえってそれでミスをしてしまうだろう。ミスが予想されるのは、直前までいろんなギャグをごちゃごちゃ考えていた前半のマクラの部分だ。おいらは本番になって急きょ作戦を変更し、考えてきたマクラのほとんどをカットし、本題に突入した(これは正しい判断だったと思う)。
 あとでビデオを見ると、表面上は全く緊張しているようすを見せていなかったことに安心した。
 しかし、ここは客が笑うだろうと自分で考えていた箇所であまり客が笑わず、逆に笑わせようと思っていないところでドッと客が笑うという予想外の反応にリズムを狂わされ、「まっしろに」なった部分が2回ほどあった。いずれもなんとかもちなおして事なきをえたが、自分では終始ヒヤヒヤものの高座だった。いろんな演出も考えていたのだが、小賢しい策を弄する精神的な余裕はなく、ほとんど本能のままに演じた。
 サゲが完璧に決まり、おじぎをすると万雷の拍手。大きな手応えを感じた。


「八五郎坊主」を演じるとしちん(左)と、「幾代餅」を演じる扇辰

 数分の休憩時間。扇辰によると、トイレのある廊下でスタンバイしていた扇辰に、用を足しに来た客が心配そうに、口々に「がんばってね」と励ましの声をかけたと言う(笑)。かなりのプレッシャーを与えたことは間違いない。
 考えてみれば、扇辰にとって過酷な戦いではある。プロなのだから、素人に勝つのは当たり前、負ければ笑い者。失うものばかりが大きな勝負なのだ。しかも、自分で言うのもなんだが、おいらの「八五郎坊主」は、枝雀のそれとも違う、「究極の素人芸」だ。逆立ちしても扇辰には真似のできない芸当であり、客を笑わせる力だけで比べればおいらの方が数段上である。
 相手がもっともいやがることをするというのが戦いのセオリーである。具体的に言えば、相手がもっとも苦手なワザを繰り出して自信をなくさせるということだ。
 「プロvsアマチュア」という枠組みでは、素人に勝ち目はない。しかしこれが、「プロ柔道家vsアマチュアボクサー」だったらどうか。アマチュアボクサーにカウンターパンチをくらえば、いかにプロ柔道家でもKOされる危険性はある。つまり、異種格闘技戦に持ち込むことがおいらにとって唯一の勝機なのだ。前回、早川監督が惨敗した原因は、同じ柔道で戦ってしまったことなのだ。

 扇辰の高座が始まった。
 マクラで「大浦さんの噺には感心いたしました。あの間(ま)の取り方は、プロには絶対に真似ができません」とやって客を笑わせた。
 「この会は寄席と同じで、実際に落語が始まるまで、お互いに演目を知らせないことになっています。ですから、後から高座に上がる者は、自分が用意してきた噺が、直前にやった演者と似たような噺だった場合、別の噺に替えたりしなければなりません。だから、後から出てくる演者には、実力が必要なのです」
 わざわざこんなことを言ったのは、あとで聞いたところによれば、やはりおいらの「八五郎坊主」を聴いたあと、演目を急きょ変更したのだそうである。 きっと、最初にやるつもりだったネタでは勝てないと悟ったのであろう。それでなければ、変更する必要などないのだから。

 そして扇辰が始めたのが「幾代餅(いくよもち)」。
 前回の「大工調べ」ほどパワーのある噺ではないが、おいらはイヤな予感がした。
 扇辰の噺の途中で、早川監督が、みの家の箸袋に「勝ったな」というメモを書いておいらに回してくる。さらに数分後、再び別の箸袋をおいらに手渡す。「絶対勝ったな」。
 おいらは、自分の高座を自分で見ていなかったので何とも言えなかった。しかし、あれだけ爆笑の渦だったのだから、客の魂を大きく揺さぶったのは事実だ。いま、目の前の扇辰の噺に魂が揺さぶられるか。そんなことはない。客だって退屈しているはずだ。たしかに扇辰はうまい。しかし、プロがうまいのは当たり前だ。そんな当たり前の理由で客がプロに投票していいものだろうか。
 ところが、幾代が主人公を訪ねてきたときの小僧の応対で始まる後半部分の盛り上げ方はさすがだった。扇辰はどんどんうまくなっている。扇辰の落語は尻上がりに調子を上げ、客を最高に盛り上げたところできっちりと終わらせた。

 投票が始まった。イヤな予感は的中し、「扇辰」への投票が集中した。
 常連だったおいらの兄貴とJOJO広重は、共に今回は仕事のために不参加だった。決してそのかわりというわけではないが、るみちんの友人の「はるちゃん」が実は落語ファンであり、どうしても見てみたいということで、るみちんと共に初めて会場に姿を見せていた。彼女たちはあくまでも「おもしろいと思った方に投票する」と宣言していたが、結局おいらに2票入った。それからおいらにも扇辰と同じペースで票が集まり始めた。
 20票あたりで一気においらの票が伸び、勝負の行方が混沌となってきた。
 しかし、常連客の席になって再び扇辰が票を伸ばし、最終的に17対12で扇辰の勝ち。

 客の感想は、「会そのものが今までで一番楽しかった」というものが圧倒的だった。初めて来た人も多かったのだが、いずれも満足そうだった。投票に関しては、「文句なしに大浦さん」「文句なしに扇辰」「とても迷った」と、バラバラの反応だった。異種格闘技戦に持ち込んだことは間違っていなかったのだ。
 扇辰の勝因は、「幾代餅」という噺そのものの魅力だろう。これは志ん朝などが得意にしている廊(くるわ)ネタで、幾代太夫という人気ナンバーワン遊女が、純朴な主人公の恋心に打たれて餅屋の女房になるという、廊噺でありながら全く下卑たところのない、古典落語ファンには非常に人気のある噺。実はおいらも好きなのだ(/_;)。
 もちろん、噺の魅力をちゃんと引き出せるかどうかはプロの力量にかかっているのであり、前回の「大工調べ」同様、扇辰の実力は素直に認めたい。
 また、会そのものがようやく成熟してきたということも指摘しておきたい。今までは座亭の早川が引っ張ってきた会であり、早川が扇辰に挑戦した前回がそのクライマックスだったわけだが、ちゃんと扇辰の落語が「金をとれる」芸であることが認知され、「扇辰ファン」が確実に育ってきたのである。

 おいらは勝負事となると絶対に負けるのがいやな性格なので、負けたことは非常に悔しいが、この結果はどうしようもなかったと納得している。今のところ、次の高座の予定はない。もっとも、今回のおいらの高座でとしちんファンが生まれ、「としちん独演会」でも企画されれば話は別だけどな(笑)。
 今年の扇辰落語会は、秋にもう1回予定しているが、夏に裏開催として「怪談噺の会」が計画されている模様。


明治36年創業・一炉庵の「みそまん」は、午前中には売り切れてしまうそうだ。
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