次郎よこはま店(関内 すし)

銀座の名店「すきやばし次郎」で修業した水谷八郎さん(ハッチャン)が独立し、夫婦で営んでいる店。
銀座でも、握っていたのは小野二郎さんではなく、ほとんどハッチャンだった。すしを握る技術は、センスに加え、経験値がモノを言う。いまハッチャンに匹敵するすし職人は銀座にもいないのではないか。※のちに銀座に移転、「水谷」と改名

 1999年12月28日

 おいらとルミチン、ニューヨークから帰省中のなおちゃんとミノさん、そしてシンさんの5人で忘年会。次郎は初めてというメンバーが3人も含まれている。なんて幸せなやつらだろう。次郎のすしを食べないまま死んでしまう人は本当に気の毒だと心から思う。

 「江戸前ずしの悦楽」の著者・早川光氏より、クリスマスに次郎に行ったら大間の200キロのマグロがすごかったという情報を得ていたので、それが残っていればいいなと期待していた。
 親方のハッチャンの方から「(早川さんは)何か言ってた?」と切り出してきた。「うちのホームページの掲示板にマグロがすごかったって書いてました」と答えると、「これがそのマグロ(^o^)」といかにもうれしそう。ハッチャンがこういうノリのときは間違いなく極上のネタである。200%の自信がない限り、ハッチャンは自分からネタについて話題にすることはない。

 次郎のテーブル席で食べるのは初めてだが、1回に2種類のにぎりが5カンずつ、計10カンずつ出てくるのはテーブル席ならではの迫力だ。特にイカとマグロの紅白の組み合わせの美しさは、食べるのがもったいないほど。

 「大間(おおま)のマグロ」をミノさんが「ローマのマグロ?」とナイスなボケ。「大間は津軽海峡でしょう」とシンさんがつっこむと、ハッチャンが「よく知ってるねえ」と誉めた。
 ホンマグロ独特の、どっしりと深い色の赤身なのに、口の中に入れるとまるでトロのような甘味がぶわーっと広がる。マグロは次郎でずいぶん食べてきたつもりだが、これが赤身の味、いや、マグロの味か?と思わず疑ってしまった。これが赤身なら、中トロや大トロはどうなってしまうんだ??
 その中トロと大トロは次に出てきたが、驚異的な旨さだった。この日は次郎の今年最後の営業日だから、マグロの熟成度がピークだったことも旨さの要因だろうが、特に大トロなど、巷でよく「大トロはちょっと脂がきつすぎていただけないね」などと発言している人(おいらもそうだけど)が食べたら、大トロの概念が完全に変わってしまうだろう。普通の大トロとは脂の質が全く違う。たしかにねっとりとしているのだが、口の中に陶然となるような旨味だけを残して、脂臭さなどは一瞬にしてサッと消えてしまうのだ。なんという快感!

 おいらがハッチャンの握りを初めて体験したのは15年ぐらい前の「すきやばし次郎」時代にさかのぼる。そのときのマグロ、サバ、アナゴの衝撃は今でも忘れられない。きっときょう初体験のみなさんも、サバとアナゴには驚くだろうと予想していたが、まさに期待通り、みんな「おいしい」というより「びっくりした」という顔をしていたのが印象的。

 もっとも、サヨリ、エビ、ハマグリ、アワビ、アナゴ、タマゴなど、ほとんど全てのネタに驚嘆の声の連続だった。杉山家一族はみんな「うまいもの好き」の血筋だし、ミノさんもグルメのようだ。ミノさんのお兄さんもたいへんな美食家であるらしく、今回参加できないのを非常に残念がっていたとのこと。次郎は年明けは5日からの営業です、お兄さんもぜひ来てください。

 次郎のウニは、1枚ずつはがしてシャリの上にのせるような貧乏臭いものではなく、ウニの塊を包丁で切り分けてスプーンで軍艦に乗せる豪快なもので、その量にバラツキがあるのも特徴(笑)。ハッチャン曰く「早い者勝ち」のウニである。
 ウニが苦手というシンさんもチャレンジしたが、きっと貧しいウニしか食べたことがないんだろうと思っていたら案の定、「これはいける」と納得の表情。おいらも昔はサヨリとエンガワが苦手だったが、なんでも本物はうまいということを教えてくれる店なのだ。
 ナオちゃんは異常にお茶のおかわりを求めていたので、すし初心者だから間がもたなくてお茶ばかり飲んでいるのかと思ったら、彼女はお茶が大好きなのだそうだ(ルミチン談)。ふだんの食事でも大量のお茶がかかせないのであるらしい。

 一通り食べ終わったあと、最後に巻物でもたのもうかなと思っていたが、ハッチャンの方からいっこうに追加をたずねてこなかったので黙っていたら、ちょうどシャリが切れてしまったというのが真相だった。たしかに5人組の客が全員握りをバクバク食べたり、カウンターのお客さんがお持ち帰りを注文したりすれば、シャリも足りなくなるだろう。
 そのカウンターのお客さんは最後にかんぴょう巻をたのんでいたが、「手巻でいいね」と、ハッチャンはクルクルと手巻を作ってわたしていた。どうやらそれが最後のシャリで、巻き簀(まきす)で巻けるほどの量さえなかったようだ。「巻き簀の方がいいのに」とお客さんが文句を言うと、ハッチャンは「だってもうゴハンがないんだよー」と叫びながら空のお櫃を持ち上げた。店内は大爆笑! 次郎でこういう雰囲気もめずらしい。
 「手巻なんて何年ぶりかで巻いたよ」とハッチャン。おいらもハッチャンが手巻き寿司を作る姿を目撃したのは初めてである。写真を撮ればよかった(笑)。

 帰り際にルミチンが「江戸前ずしの悦楽」にハッチャンのサインを求めた。「鮨 次郎」のご朱印に加え、日付まで書いてくれた。
 しかしルミチンのすごさは、おいらはもちろん、早川光でさえ面と向かっては言えないのに、水谷さんを平気で「ハッチャン」と呼んでしまうところである(ーー;)。

 おいらとシンさんはけっこうお酒も飲んだが、追加注文が不可能だったこともあってか、15000円×5かなと思って受け取った勘定書きは68000円とお安くなっていた。男性14000円、女性13000円という計算なのかもしれない。1年ですしが一番うまい時期ということもあるが、なにしろあのマグロを食べて、この内容でこの勘定は安すぎる!