秋田の旅 一日目

 
昨年、ABS秋田放送の民謡番組の公録にいって、大好きな民謡歌手、佐藤祐幸さんにお会いしたことは、ここにも書いたと思います。
「また祐幸さんにお会いできる時に、秋田へいきたい」と番組へお便りしたところ、そんなら10月のラジオ祭りだというお答えを番組中にいただき、今年もまた、10月に秋田へいってきました。

10月7日。朝起きたらものすごい風。
でも、携帯でしらべても、電車が止まっているという情報はなかったので、7時15分に家を出て、タクシーで新潟駅へいきました。
8時33分のいなほは、思ったとおり満員御礼(^_^;)。
私は切符を買いにいくのが遅くて、自由席しかとれなかったので、朝早く新潟駅へいって並んで、なんとか座れました。だけど、私のすぐそばに、立っている人の身体があった。そのくらいこんでいました。ただ、酒田を過ぎたら、立っている人がいないくらいには空いてきました。

12時11分に秋田へ着くはずが、17分遅れて、28分に着きました。
昨年、お腹いっぱいになってからみつけた、十文字ラーメン。これをお昼に食べようと、ホームの立ち食いそば屋さんへいきました。
秋田県には十文字町ってあったのよね、 もう昨年から、横手市に合併されたけれども。そこのラーメンだと思います。
おそばならすぐできるけど、ラーメンは15分かかると言われても、おそばは昨年食べたので、ラーメンをじっと、寒い中待ちました。
やっとできてきたラーメンは、細いあっさりした麺で、私はもう少しコッテリした味が好きなので、一度食べれば充分だけれども、ただ、上にフが乗っていたのがおもしろかった。チャーシューの代わりがフなのかな? と思ったら、下の方にちゃんとチャーシューもありました。

食べ終わったらもう1時でした。
1時20分までに、西口のバスターミナルへいかないといけません。
西口はどこですかと尋くと、そば屋のおばさんは分からないというし、駅員さんにいたっては「西口から観光バスなんて出てるの?」おいおい(汗)
デパートのような所を通って、ようやく西口へいき、バスターミナルで「予約しておいた者です」と言って、観光バスの切符を買いました。ちなみに一人2000円、障害者割引はありません。

1時半出発で、市内観光へいきました。
今日は17名で「大漁」だそうな。笑。この大きな観光バスに、たった一人っていうこともあったそうです。
後で母にも「なんでこんなのにしたの」と言われたけれど、午後に出発して、夕方帰ってくるバスがこれしかなかったから。私には、一番都合のいい時間と長さのバスだったんです。

最初は「赤煉瓦資料館」とかいう所にいきました。
すいません、ここ、うろ憶えです。
ここは、もとの秋田銀行だった所。
頭取室や気品室、会議室などをみたけれど、会議室を除き、みんな石のいろりがありました。
この石はなに県、この石はなに県と説明されたけれども、昔、北前船が秋田へ来るおり、空っぽでくるわけにいかないので石を積んできた。そして、帰りには米やお酒を積んで帰ったとのことです。

次は千秋公園と、それに続く久保田城の跡。
この日は止めどなく降り続く雨で、公園の方は、昨年のあの楽しに面影すらなく、おまけに幅の広ーい階段は、上がる時はなんともなくても、下りる時の歩き難かったこと!
母だけ展望台へいって、私は下にいました。

次は天徳寺。
ここは、東北で二番目に本堂が大きいお寺なんだそうです。
一番目が岩手県のなんとかというお寺、3番目が松島のずいがん寺だそうですね。
大きな本堂のわりに、簡素に造られているのは、豪華にすると税金が高かったから。
うぐいす張りの床は、雨のせいでよけいきしみました。
「お墓のろうそくは必ず消していって下さい」と書かれているのが、なんだか物悲しく。
「ここへもうすぐ、おばたゆうじろうが埋められるんですよ」とガイド。
みんな「ほおー」それってだれ? と尋ねると、秋田の前の前の県知事さんだそうです。
佐竹公のお墓の次におばたさん、なんかアンバランスだよねと言う人がいました。

最後はねぶりながし館でした。
知らない所だなと思っていたら、なんと昨年、五郎さんに連れていってもらった伝承館の別名が、ねぶりながし館なんですね。
昨年同様、竿灯祭りの説明を聞き、竿灯の竿を実際につなげて見せてくれました。
私は見えなくてぴんとこなかったので、携帯に写真を撮ってみました。

今年は3階の太鼓の部屋にはいかない代わりに、金子邸へまたいきました。
初代の金子さんは呉服屋さんで、秋田から大阪まで歩いて呉服をしいれにいったんだって。
帰りは呉服だけ船に乗せて、自分は歩いて帰ってきたんだけど、船はあちこち港に寄ってくるから、歩く方がほんの少し早かったんだって。
往復歩くと、三ケ月かかったそうです。
ちなみに船は、片道2ケ月だそうです。
二代目の金子さんは、三代目はと説明があったけれどもう忘れた、五代目の金子さんが、この家を市に寄贈したんだそうです。だからここは、今は秋田市のもの。

ここから私の泊まるワシントンホテルへ歩いていけるというし、みんなは後は駅へ戻るだけだというので、私と母はここでバスを降りることにしました。
あと3人、なにかの都合で降りたそうで「駅までは12人」とガイドが運転手に言っていた。

母は「秋田弁が分からない」と観光バスに大不満だったけれど、私はどうやら、母よりは秋田弁が分かるようなのです。
ただ、このコース、公園とかお城とか。もう少し、雨でもなんとかなるコース、雨の日用のコースを考えて欲しいなあと、後から思いました。

そぼ降る雨の中、2分ほど歩いてホテルへ着きました。
え? ここがほんとにホテル? 事務所みたいだけど? と思ったら、3階からがホテルでした。
3階がフロントで、私の部屋は5階でした。
「当ホテルのレストランは、ただいま水泳の選手でいっぱい」とフロントで言われ、飲食店マップをもらってきたのですが、部屋で読んでもらっても、どうもよく分からない。

ここから近そうにみえる「きらく」という焼き鳥屋さんへ電話して「そちらへはどう行くんですか?」と尋いたんだけれど、答えが分からない(汗)
「なんとか通りを、さんのうの方へ曲がって」って言われても、そのなんとか通りってどこよ? さんのうってどっち? って感じで。
肝腎の予算を尋ねても「いろいろありますよ」と言うだけなので「どうもありがとうございました」と電話を切る頃には、もう「いかない」と決めてしまっていました。

そうこうするうちに5時半になり、少しずつお腹が空いてくる。
さっきの電話で、スーパーやまてとか言っていたんで、そのスーパーを探して、何か買ってきて部屋で食べようと、外へ出ました。
そうしたら、目の前にあります明日の目的地ニューシティー。
いやー、こんなに近いとは思わなかった。
ここなら地下で何か食べられると、少し元気になって下りていきました。

地下には私の予想以上に、いろんな店がありました。
ラーメンはお昼に食べたから無視するとして、おそばもうどんも、てんどんもありました。
その中で、セルフサービスで食べるかつどんを注文すると、お店の人が私の顔で判断したか?「持っていってあげますよ」と言ってくれました。
熱々のかつどん682円なりを食べ、母は親子丼630円にしました。
その、かつどんを運んできてくれたおねえさんに「ババヘラアイスのスティック状のものは売っていませんか」と尋き、まあ結果としてはなかったんだけれども、いろいろババヘラアイスのことや秋田のことを話したのでした。

同じニューシティーの地下で、新潟ではもう売っていない長十郎をみつけたので、それを買って、これを食べるにはナイフが要るわよねと、100円で果物ナイフを買って。7時頃ホテルに帰ってきました。